さくらももこは良くも悪くも平成の象徴だった

漫画家のさくらももこさんが亡くなった。

ほとんどメディアには登場しないながらも、たくさんの人が代表作である「ちびまるこちゃん」を通じて、なじみのある人だったから、たくさんの驚きの声があがっているし、自分も本当にびっくりした。

 

そして、多くの人が思ったであろう、平成が終わったという感覚。

これを自分も強く感じた。

「ちびまるこちゃん」と「さくらももこ」は、平成の空気感を上手に体現した、いやもしかすると作り出していたとさえ感じるのだ。

 

ちびまるこちゃんが登場した時代

ちびまるこちゃんの放送が開始されたのは1990年、平成2年。

バブル景気真っただ中ながらもはじける予感がプンプンしていた頃。

自分は中学生から高校生になろうとしているタイミングで、少し大人になりかけではあったが、「これは面白いアニメだなあ」と思った記憶がある。

 

中学生から大人の、ちょっとひねた当時の気持ちと、ちびまるこちゃんのシニカルさがマッチしていたのだろう。

当時は吉田戦車の漫画が流行っていたり、不条理でシニカルなものが世に受け入れられだした時代だった。

 

平成はシニカルな時代

そう、平成はシニカルな、斜に構えた時代だった。

高度経済成長で破竹の勢いで処理を続けていた日本がバブルの崩壊で打ちのめされて、卑屈な笑みを浮かべないと正気を保てない時代。

 

まさにちびまるこちゃんのあんな感じの笑み。

 

時代と作品の空気が見事にリンクしていた。

 

ちびまるこちゃんで育った日本

そんなシニカルな笑いが日曜日の夕方、お茶の間の視線をくぎ付けにしていた時代があった。

どこか恥ずかし気で、さめた笑いをする、それでも優しい女の子が主人公のアニメ。

日本中の人たちが家族そろって見ていた。

 

恥ずかし気で、さめた笑いをする。でも優しい。

なんだか今の日本人の大半をモデルにしたかのような造形。

 

いや、ちびまるこちゃんをモデルにして日本人ができたのかもしれない。

そう思えてしまうほど、ちびまるこちゃんと、今の日本人のイメージは一致している。

 

どことなく自信のない日本、悟ったふりをする日本の空気、平成はそんな時代で、それはちびまるこちゃんを共犯として作り上げられたのではないだろうか。

また、それでも上手に表現できない優しさい人があふれている日本、それもまたちびまるこちゃんを日曜日の夕方に見続けていたからこそ作り上げられたのではないだろうか。

 

今回のさくらももこさんの訃報に際して、ちびまるこちゃんという作品の化け物具合をあらためて認識した。

ご冥福をお祈りいたします。