電気グルーブの思い出

ピエール滝が逮捕されてから随分と時間が経ってしまったけれど、電気グルーブと自分の思い出を書いてみたいと思います。

サウンド&レコーディング・マガジン 2019年3月号

 

ライジングサンロックフェスの歴史は電気グルーブからはじまった

電気グルーブと自分の最初の出会いはライジングサンロックフェス。

1999年からはじまた北海道初の野外ロックフェス、しかもオールナイトということで、ロッキングオン世代の自分は、顔の産毛を整えることも忘れて興奮していたのを覚えています。

 

興味のない彼女を無理やり誘った会場で出会ったオープニングアクトが電気グルーブでした。

ピエール滝は叫びました。

「みなみなみなさま こんにちはー!電気グルーブでございます!」

 

正直どんな曲が演じられたか覚えていませんが、猛烈に興奮にしたことを覚えています。

「こういうのもあるんだ・・・。ロックって楽しい!」とお門違いのことも覚えていますが、隣にいた彼女の反応は全く覚えていません。

 

ライジングサンロックフェスは電気グルーブからはじまったのです。

フラッシュバックディスコが孤独から救ってくれた

ライジングサンの興奮冷めやらぬまま、飛込営業なんぞをしながら過ごしていたサラリーマン初期。

超大手通信会社に間違って入社してしまったものが運の尽き、案の定地方都市へ飛ばされたのが11月でした。

 

はじめての独り暮らし。ほぼ童貞。友達ゼロ。

寂しいとは感じなかったけれど、なんだか虚無。小柳虚無・・・。

 

ちょうどそのころ、同期から教えてもらって聴いていたのが電気グルーブのフラッシュバックディスコです。

「ピロ~ピロ~」いう電子音が虚無をピタッとなでつけてくれて、少しだけ楽になる気がしました。

 

それまでの自分の音楽遍歴と言えば長渕剛や尾崎豊、大学に入ってからオアシスを中心としたロック。テクノやハウスとは無縁のものでした。

(オアシス繋がりでケミカルブラザースは少しだけ聴いていたか)

 

「こんな世界もあるんだなあ」と、地方都市の何もない独身寮で電気グルーブを聴いては自分を慰めるという日々でした。

北海道から横浜までワイアーに駆け付けた思い出

いつしか電気グルーブにはまって、ケンイシイがお気に入りになって、自分もいっぱしのテクノ好きを決め込みました。

 

そしてついに駆け付けた石野卓球主催のワイアーという大規模テクノイベント。

わざわざ北海道から、もう一度電気グルーブをみたいがために、えっちら稼いだ残業代を原資に遠征をしたのです。

 

ただひたすら暑い会場でした。熱いではなく、暑い。そこらじゅうが踊り疲れと暑さでダウンする人に占領されていて、さながら野戦病院のような思い出。

 

かろうじて電気グルーブのステージを見て、すぐに退散した苦い思い出です。

理想の50代を電気に見た

しばらくは音楽を聴く精神的余裕もなく、聴くとしても昔ながらのロック。

電気グルーブのような音と対峙する気力がなかったのでしょう、30代はずっぽり暗黒だったなあと思います。

 

40代になって結婚して、自由への疾走欲がメラメラと湧き上がってきたタイミングで偶然見たのが電気グルーブのドキュメンタリー番組。

 

これがむちゃくちゃ格好良かったんですよね。

何がって言われると難しいんですが、二人がしっかりアホのまま歳をとっていて、楽のオーラーをまとっているというか。

 

40代になってどこへ向かっていけば良いのかわからなくなっていたところ。

「電気グルーブのような雰囲気をまとった大人になろう」とうっすら感じました。

電気グルーブのこれからご期待ください!

今回のピエール滝の件で、石野卓球がまさかのお茶の間デビューを果たしていて、その振舞がまた最高なんですよね。

テレビっていう旧時代の価値観をぶっ壊す勢いです。

 

石野卓球は、苦虫かみつぶした顔もしないし、神妙にもしないし、媚もしない。

結局は「あんな大人になりたくない」という、多くの青年が抱いた思いを見事に体現しています。

 

電気グルーブの配信は2019年4月の時点で止まってしまっていますので、自分は今石野卓球をむさぼるように聴いています。

聴いている間と聴いたあとの少しの間、身体が軽くなるのを感じます。

 

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